3月22日のSol Hack3rs Global Hackathonが終わったあと、僕と河野くんは、RootLensに本当に需要があるのかを確かめるため、いろいろな人に話を聞いて回っていました。
こうして需要を確かめに行くこと自体、Superteam Japanのhaxさんにピッチを何度も見てもらう中で、繰り返し言われていたことでもあります。
事業を立ち上げるなら、まず自分たちなりの仮説を持ち、それが本当に市場に合っているのかを確かめないといけない。そのためには、仮説を言葉とビジュアルにしたピッチを作り、多くの人に見てもらい、修正する。この繰り返しが大切だと教えてもらいました。
最初に検証していたのは、スマホアプリによる撮影証明の需要です。
日本のファクトチェック団体や、その代表を務める弁護士の先生に直接話を聞きに行ったり、インフルエンサー、戦場カメラマン、水中写真家の方などにオンラインで話を聞いたりしました。TEAMZの会場でも、いろいろな人にピッチを見てもらいました。
正確に数えていたわけではありませんが、おそらく30人くらいには話を聞いたと思います。
RootLensの仕組みに興味を持ってくれる人はいました。ディープフェイクが増えていく中で、写真や動画が本当に撮影されたものなのかを確認できること自体には、一定の関心がありました。
ただ、そのために撮影者がお金を払うかというと、ほとんどの人は払いたがりませんでした。
撮影証明によって助かるのは、写真を見る側や、その写真を証拠として扱う側かもしれません。しかし、実際にアプリを使い、撮影し、費用を負担するのは撮影者です。価値を受け取る人と、コストを負担する人がずれていたのです。
少なくとも、多くの人が日常的に使うような事業にはならないと思いました。研究や趣味として取り組む価値はあっても、そのままではビジネスとして成立しにくい。それが僕らの結論でした。
そこから、撮影したもの自体に価値が生まれる構造を考え始めました。
撮影者に証明の費用を払ってもらうのではなく、撮影されたデータを欲しがる人がお金を払う。そうすれば、撮影する側にもインセンティブが生まれます。
最初は、とにかく「撮影することでお金になる事業」を作り、その中でRootLensの撮影証明を活かせないかと考えていました。
いろいろ考えるうちに、フィジカルAIの学習データにたどり着きました。
といっても、家庭内エゴセントリックデータという案を、その時点で誰かが明確に出したわけではありません。フィジカルAI向けの学習データについて考えているうちに、家事なら特別な場所に行かなくても、誰でも自宅で撮影できることに気づいた、という流れです。
誰でも撮影できる。AI生成ではない実際の映像であることに意味がある。そして、フィジカルAIという需要の強そうな分野がある。当時は、この3点がうまくつながっているように思えました。
とはいえ、この頃の僕らはフィジカルAIについてほとんど何も知りませんでした。
とりあえずデータを集めればどこかに売れるだろう、とりあえずこの方向でSolana Frontier Hackathonを乗り切ろう、というくらいの気持ちで始めていたと思います。
そこから数週間、Xで開発状況を発信しながらアプリを作り、撮影に使うデバイスを選び、実際にエゴセントリックデータを撮影できる状態まで持っていきました。
当時は、撮影した動画をEC2へ送り、C2PA署名を付ける仕組みも作っていました。TEEを使って、アプリでの撮影からC2PA署名、オンチェーンへの記録までを、できるだけ信頼に依存しない形でつなげようとしていました。
Solana Frontier Hackathonの期間には、アメリカのマイアミにも行きました。
ここでも、haxさんから教えてもらった通り、いろいろな人にピッチを見てもらいました。EasyAのPhilとDomにも会い、RootLensについて説明しました。
返ってきたのは、「Cool!」「Kled AIに似ているね」というくらいの反応でした。正直、この一言で事業が大きく変わったわけではなく、一緒に写真を撮れて嬉しかったという思い出の方が大きいです。
ハッカソンが終わってからは、本格的にデータの買い手を探し始めました。
フィジカルAI関連の企業やデータプロバイダーと話すようになり、VLAやWAMについて調べたり、関連する論文を読んだりしました。買い手が実際にどのようなデータを求めているのかを知り始めたのは、この頃からです。
そして、調べれば調べるほど、僕らがそれまで重視していた撮影証明は、買い手にとってほとんど重要ではないことがわかってきました。
買い手が欲しいのは、指定したセンサー構成やフォーマット、品質条件に合ったデータです。そこにRootLens独自の撮影証明データを付けて納品すること自体が、そもそも相手の要求とずれていました。
データを誰がどのような条件で撮影したかについても、フォームで合意を取り、その記録を残せば十分でした。少なくともこの市場では、そこをトラストレスにしたり、オンチェーンに記録したりする必要はなかったのです。
この頃から、RootLensの中からC2PA、Solana、TEEに関する仕組みは、すべて消えていきました。
撮影証明を活かすためにフィジカルAIへ移ったはずなのに、実際に買い手の話を聞いてみると、その撮影証明の部分が先に不要になってしまったのです。
一方で、いくつかのデータプロバイダーと話す中で、「日本のデータはいいね」と言われることがありました。
家庭内の家事データは、比較的どの国でも集められます。誰でも撮影できるということは、裏を返せば、同じようなデータを多くの企業が集められるということでもあります。
それに対して、実際に営業している飲食店や工場などの作業データは、外部の人が簡単に入って撮影できるものではありません。買い手が欲しがっているのも、家庭内の似たような映像だけではなく、こうした商業現場で行われている作業のデータでした。
ここから、日本の商業現場のデータを集める、という方向が見え始めました。
しかし、商業現場で撮影させてもらうには、現場側にも何かしらのメリットが必要です。「データを撮らせてください」と頼むだけでは続きません。
そこで、データから生まれた価値を現場へ還元する方法を考えるようになりました。この頃から、誰でもアプリで参加できる形ではなく、現場と直接関係を作る、B2Bに近い事業へと変わっていきました。
同じ時期に、VCの方々と話す機会も増えました。
そこで学んだのは、中長期のビジョンを持つこと、そのビジョンと現在の行動が一貫していること、そして、その根拠となる仮説を自分たち自身が本当に信じていることの重要性でした。
データの需要は、モデルや研究の進歩によって変わります。今求められている形式のデータが、数年後も同じように求められているとは限りません。
コモディティ化しやすいデータを大量に集めるなら、最初から莫大な規模が必要になります。しかし、その規模を作るには、先に大きな資金が要ります。赤字を掘りながらコモディティを集めるだけの事業では、その先に何が残るのかを説明するのも難しいと感じました。
いろいろな人と関わる中で、最終的に残るのは現場とのコネクションではないか、と考えるようになりました。それも、他の会社には簡単に作れないコネクションです。
Humanoid関連のハッカソンを運営していた宮島さんとも知り合い、鹿児島で開発されている農業ロボットや自動車組立ロボットを見せてもらう話もありました。結局、予定が合わずまだ行けていませんが、機会があればぜひ見に行きたいと思っています。
6月中旬頃には、RootLensの長期的な方向性が少しずつ見えてきました。
まず、現場データから生まれた価値を現場へ返すことで、今のうちから日本の商業現場との関係を作っておく。そして、ロボットが実際に現場へ入っていく段階になったら、僕らがその現場へのロボット統合を担う。
つまり、データ収集はそれ自体が最終目的ではなく、現場との関係を作るための最初の入り口だ、という考え方です。
しばらくは、この方向で買い手企業との関係作りに時間を使いました。
6月末から7月初め頃には、最初の買い手企業へ渡すパイロットデータを撮影するため、友達の家へ毎週のように通っていました。
数時間分の家事データが必要だったので、友達の家で家事代行をしながら撮影する、という生活をしばらく続けました。
同時に、買い手がより欲しがっていた商業現場のデータも集めるため、飲食店へ飛び込みでビラを渡したり、工場、クリーニング店、ホテルなどに直接話を持ちかけたりしました。
7月中旬頃、大阪府内のパン屋の店主と出会い、実際の仕事中にデータを撮影させてもらえることになりました。
そこから約1か月、現在に至るまで、僕はそのパン屋へ通い続けています。
現場データの収集を始めてから、目に見える進展の速度は明らかに落ちました。
アプリを作っているときは、自分が手を動かした分だけ前に進みます。しかし現場との仕事では、相手の予定や返事を待つ時間があります。こちらだけで進められるものではないので、どうしても相手のレスポンスが全体の速度を決めることになります。
それでも、少しずつ撮影を続け、データの品質や現場の負担を確認しながら、最初の販売を成立させるために動いています。これが現在のRootLensです。
それはそれとして、RootLensが完全にフィジカルAIの方向へ進んだあとも、自分の中には撮影証明を作りたいという気持ちが残っていました。
そこで、撮影証明だけを扱う別のプロジェクトとして、ImRealを始めました。
以前のRootLensではスマホアプリを中心に考えていましたが、今は、そもそもスマホやOSをどこまで信頼できるのか、というところから考え直しています。現在は、撮影と署名を行う専用デバイスの試作品を作っているところです。
こちらについても、また別のメモに残そうと思います。